それは10月も終わりに近づいた放課後のこと。
朝からの雨はいつの間にか霧雨に変わり、夕方なのにまるで夜のような暗さでした。
私の故郷はかなりの田舎で、中学校も山を切り開いたその中にあり、校庭を挟んで小さな町が広がり、山手側は竹林になっています。
雷光のたびに竹林が照らし出されうっそうとした奥の方までの広がりが見えます。
私は親友の高橋君と紙を切ってセロファンに付ける作業をしていました。
「何や?あの女・・・」
と私に問いかけます。
「別になんもないで」
私の言葉に高橋君は
「いや、変な女がおる。かがんで地面を見つめとる」
と。
見えるのは霧雨とモヤがかった一瞬明るくなる竹林だけです。
「やっぱり見えへんで」
私たちの会話を聞いてクラスメートが何人か集まって来ました。
見えると言う人たちはみんなひどく怖がっていました。
体が透けて見える女・・・。
いつの間にかクラスメートのほとんどが集まってきました。
何人かは竹林側の廊下に出てより近くで見えない女性のその姿を見ているようです。
そこへ担任と隣の組の先生がやってきました。
「お前ら何してるんや。作業せいよ。」
担任の勝田先生が言います。
「あそこの竹のとこに変な女がいるんです。」
指差す方向を見た担任は
「雨降ってるだけやないか。竹の子でもおるんか」
と笑います。
「か、勝田先生、あれが見えんとですか!?」
隣の組の先生が腕組みをとき、後ずさりながら言いました。
「透けとう女です!」
中途半端な笑い顔のまま勝田先生はそれでももう一度その方向を見ます。
「いや、見えんが・・・。みんな見えとるの??」
雨がやや強くなり、ほとんど夜の暗さになった教室にさっきまで騒いでいた生徒たちも静かになり、その方向をみんな見つめています。
女生徒の怖くてすすり泣く声だけが聞こえます。
突然大きな雷光があたりを照らし出しました。
「うわっ。こっちに来よるっ!」
背筋が凍るような出来事が起きたのでしょうか?
見える生徒たちが悲鳴をあげながら教室を逃げ回ります。
「なんじゃあ、こりゃあ!」
と隣の組の先生もまるでジーパン刑事みたいな声をあげて、でも体が動かないのかそのまま立ち尽くします。
まるで長い時間のように思えましたが実際は数十秒だったのでしょう。
泣いている生徒腰が抜けてへたり込んでいる生徒、そして立ち尽くすジーパン刑事・・・。
ただ、見えない私達にはまったく何も見えませんでしたし、感じませんでした。
結局このことはかなりの騒ぎになり、その日保護者に急遽連絡が取られ、すぐにそのまま帰宅となりました。
後日、全校朝礼で校長からの厳しいお叱りがありました。
そのときは「見た」と言った隣の組の先生もそれ以降見たとは言わなくなりました。
【思春期による集団ヒステリー】そんな言葉でこの一件は片付けられてしまいました。
大学を関西で過ごした私はそのまま関西で就職し月日が経ちました。
まだ交友が続いている高橋君が所要で関西に出てくることになり、大阪の梅田で久しぶりの再開を果たしました。
まあ、メールや電話でのやり取りは結構あるのでまあまあの感激でしたが。
私は二人で飲みがてら、あの時何が起こったのか長年気になっていることを聞いてみました。
あの時、竹林で何かを探していた女は、雷光と共に、すべる様に教室の方角に向き直りそのまま、すう~っとこちらに移動してきたそうです。
古いモンペ姿に何かを入れた袋、うつろな瞳、着物のカスリ模様まではっきりと見えたそうです。
そしてそのまま廊下の壁と窓をすり抜け、教室の窓もすり抜け、そのまま空中で雪が解けるように消えたそうです。
「お前、ホンマに見えたんか?」
私の問いに酒を飲みながら何度も高橋君はうなづきました。
「確かにな、見たわ。でも、もうええわ。」
その後は二人ともおいしい料理と酒を十分堪能しました。
「なあ、あの時の女な、こんな風に空中移動してたわ、ゆっくりとなぁ」
その視線の先には阪急梅田のムービングウォーク(動く歩道)がありました。
「歩かずに乗ってる人は、まさにあの時の女性の移動姿そのままや」
大阪駅のいつも私が行かない長距離用のホームで高橋君は笑いながら私の肩をグウで軽く殴りながら何回も言いました。
「また、帰って来いよ~~、待っとるよ。」
あの怖かった経験も今ではふるさとの甘い思い出なのかもしれません。(終)
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