当時、私の祖父は腕の良い建具職人でした。
私はそんな祖父の仕事ぶりを眺めるのが好きで、よく仕事場に出入りしていました。
その日、私はいつものように祖父の家を訪れ、落ちている木ぎれを拾って遊んでいました。
目の前で、祖父が作業台の前に座って黙々と仕事をしています。
ごつい手が器用に動いて、木を削ったり部品同士を組み合わせたり、その技の冴えに、私はしばし遊びの手を止めて見とれていました。
しばらくして、妙なものに気づきました。
祖父の背後の壁に、使い込まれて黒光りする木の板が何枚か立てかけてあったのですが、その板と板の隙間からおかっぱ頭の少女の顔が覗いています。
板と壁の隙間から顔の右半分を出して覗いているような格好で、体は見えません。
白い顔の半分だけが、暗い部屋の隅にぽつんと浮かんでいるように見えました。
私は、黙々と手を動かしている祖父の横を通り過ぎ、壁際へと歩み寄りました。
私が近づいても白い顔は微動だにせず、祖父の背中をジッと見つめていました。
やはり体と顔の左半分は見えませんが、壁と板の間には人が入れる程の隙間はありません。
私は少女の顔に声をかけようとしました――
「…話しかけたらあかんぞ」
突然祖父が声を上げました。聞いたこともないような低い声。
振り返ると、祖父は相変わらず作業台に向かったままでこちらに背を向けています。
――おじいちゃん、この子だれ?
「そいつはな、俺がそこの木で作った箱の中におった女や。ええから放っとけ」
その言葉の意味は分からなかったのですが、私はとりあえず壁際から離れました。
その後も祖父は背後を振り返ることなく仕事を続けていました。
私は再び木ぎれで遊び始めましたが、何となく気になって祖父の背後を見やると、いつのまにか顔は姿を消しており、後には、つやめいた黒い板が並んでいるばかり。
祖父の家にはその後も良く遊びに行きましたが、その顔を見ることはありませんでした。
それから十年程たった一昨年の初春、祖父は病に倒れて入院し、間もなく亡くなりました。
葬儀の当日、棺の中に入れるために祖父の思い出の品を集めました。
その中に小さな木の箱がありました。
――あの板で作られた箱ではないか?
持ってみると意外にも重い。
死の直前まで面倒を見ていた叔母が言うには、晩年の祖父はこの箱をとても大切にしており、病院でも枕元に置いていたそうです。
それではと、箱は祖父の頭の側に置くことにしました。
やがて葬儀が始まりましたが、その際に妙なことがありました。
「この人、本当に死んでますよね?」
などと良く分からないことを言います。
お経を読んでいる最中にも、お坊さんはしきりに棺を気にするような仕草を見せ、何度か読経が止まりかけました。
葬儀が終わり、祖父の遺体は火葬場で焼かれました。
焼き上がった骨を拾うために親族が呼ばれ、焼却炉から大きな台が運ばれてきました。
近づくとまるでストーブのように熱い台の上には、白い骨が灰に埋もれていました。
「…頭蓋骨はあとで蓋に使うので置いといて下さい」
「のど仏はどれ?」「これです」
拾った骨は次々に壺に入れられました。
「もっと拾って下さい」
「はぁ…でも、あまり残ってないんですね」
「ここの炉は新しいので、殆ど焼けてしまうんです」
「お年寄りの方は大抵少ないですよ」「この方のは多い方です」
「丈夫な人でしたから…」「これは?」
「それは骨盤ですね」「その横が太股の骨ですね」
「これは?」
「のど仏ですね」
部屋にいた皆が怪訝な顔を見合わせました。
係員が集めた頭骸骨を調べ始めました。
「これは――骨が多いですね…」
それからが大変でした。
火葬場の職員と警察が調べたところ、骨は大方が灰になっていたものの、とにかく頭部の骨が二人分ある事が判明しました。
ただ、それが誰の骨なのかが不明です。
棺の蓋は出棺の直前に参列者の目の前で釘を打ったのですが、その時まで、もちろん棺の中に人の首など入っていませんでした。
入っていたものと言えば祖父の遺体と遺品の数々、それにあの黒い箱だけです。
大きさからいって、箱の中に人の頭が入っていたとは思えません。
しかし、肉の付いていない剥き出しの骨は、すぐに燃えてしまい後には残らないそうです。
結局、何の結論も出ないまま、夜更け過ぎには解散となりました。
祖父の遺骨は一時警察に預けられましたが、四十九日までには返してもらったようで、今は墓の下に埋まっています。
身元不明の骨については、後日のど仏の部分を警察から譲ってもらいました。
それを小さな箱に入れて祖父の墓の隣に埋め、墓石の代わりに大きな石を置きました。
今のところ特に変わった事はありません。
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